カラス日誌について

 

俺のユーチューブ チャンネル に、「概要」として使用されている文章を以下に掲載する。

 

カラス日誌 について 

 

 神さまと俺が、コミュニケーション(やりとり)を、している。それを、ユーチューブでみんなに伝えようと、俺は、思い立ちました。    

 

 神さまは、います。これはもう絶対的に、まったく否定しようもなく、俺に言わせれば、「あたりまえのもの」として、います。この、「神さまは、いる」という事実。日頃から、俺はこの、「神さまは、いる」という事実を、みんなに伝えたいと思っていました。  

 

 それから、もうひとつ。俺が、日頃から、みんなに伝えたいと思っている重要な事実が、もうひとつあります。それは、神のつかいは、自然である。この事実です。  

 

 ここで言う「自然」とはなにか。たとえば、この、カラス日誌 によく登場するカラス、つまりは、ハシブトガラスハシボソガラスは、その「自然」なんです。そして、「神のつかいは、自然である」と、書きました。「自然」としてのカラスは「神のつかい」だ、ということです。カラスは、神のつかいである。  

 

 そして、カラスに限らず、たとえば、生きものすべては、神のつかいです。木にしろ、鳥にしろ、昆虫にしろ、魚にしろ、猫にしろ…。つまり、全(ぜん)生きものが、ここで言う「自然」であり、「神のつかい」なんです。  

 

 神さまと俺のあいだには、いわばお互いに了解している、いわばお互いに共有している、数(かず)についての、意味づけというか定義づけというか、そういうものがあります。この数(かず)。これこそが、神さまと俺が、コミュニケーション(やりとり)をするうえでの、いわば、重要なツール(道具)です。そして、この数(かず)。これこそが、カラス日誌 を見るうえでの、また、カラス日誌 を理解するうえでの、非常に重要なキーワードです。    

 

 「数(かず)」のことを、ここでもう少し具体的に表現してみると、次のようになります。たとえば、カラスが2回鳴くと俺は「相棒だ」と理解します。あるいは、カラスが3回鳴くと、俺は「正義の味方だ」と理解します。この数(かず)の、「2」とか「3」は、「相棒」とか「正義の味方」という意味づけがなされているということなんです。そして、そういうような意味づけが、神さまと俺とのあいだで、共有されているということなんです。

 

                                                安達憲一郎