神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ = 2021年11月12日・朝

 

 「神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ」というタイトルで、このブログに投稿されている写真について、ここで、少し説明してみようと思います。

 

 この写真にある、電卓の表示部分の数字など。これは、この電卓の表示部分の数字などは、俺が、この電卓に打ち込んだのではありません。もちろん、俺以外の誰かが、打ち込んだのでもありません。じゃあ、誰が、打ち込んだのか?誰かが打ち込まなければ、写真にあるようにして、数字などがあらわれるわけがないですよね。

 

 この電卓は、充電のことを考えて、いつも、窓際に置いてあります。この電卓は、太陽電池なので、日のあたる窓際に、俺が、いつも、置いています。で、朝、いつものようにカーテンを開けて電卓を見ると、たとえば、写真にあるようなものが、数字などが、誰に打ち込まれたわけでもなくあらわれているということなんです。あるいは、夜に、電卓の置いてある部屋に電気をつけ、電卓を見ると、数字などがあらわれているということなんです。

 

 この電卓の表示部分の数字などは、神さまによる、メッセージです。この電卓の表示部分の数字などは、あくまでも、俺だけにあてた、安達憲一郎という人間だけにあてた、メッセージです。

 

 この2つの事実は、非常に大事なので、ここでもう一度、確認しておきたいと思います。このメッセージの持つ性格とは、事実とは。このメッセージの持つ、2つの性格とは、事実とは、それは次の通りです。

 

 ひとつ。このメッセージは、神さまによるメッセージであるということ。

 

 ひとつ。このメッセージは、あくまで俺だけにあてたものであること。安達憲一郎という一個人にあてたものであるということ。

 

 さて、と。俺はこの、神さまによる電卓を使った俺へのメッセージの、その意味を、神さまは、この電卓の表示によって、何を言おうとしているのか、何を伝えようとしているのか。それを、俺はあまりよくわかっていません。

 

 たとえば「3」は「正義の味方」だとか、「9」は「いかにも安達だ」とか、俺と神さまが、いつも、コミュニケーション(やりとり)をするうえで使っている、いわば、数(かず)についての定義があります。いつも使っている、いわば、数(かず)についての意味づけがあります。そして、その「定義」なり「意味づけ」を使って、俺は、いつもあらわれる、この「神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ」を、その電卓の表示部分の意味を、なんとなく、理解しようとはしているのです。でも、さきに書いたように、その数字などのその意味を、俺はあまりよくは、わかっていないのです。

 

 ここで、具体的に、今回の、神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ。2021年11月12日の朝のものを、俺なりに解釈してみましょう。これについて、説明してみましょう。

 

 下の写真を参照してください。この写真を見ると、写真左端に小さくアルファベットの「E」というのがあります。それから写真右に「数字のゼロ」があります。つまり、写真に表示されているものとしては、2つある、ということがわかります。「E」と「0(ゼロ)」と、2つ ある。

 

 俺としては、表示されているもの。今回で言えば「E」と「0(ゼロ)」。この表示されているものの、数(かず)としては、「2つ」であるということ。その数(かず)が、「2」だ、ということ。ここに、注目するのであります。くどいようですが、「2」というこの数(かず)。これが重要なんです。

 

 表示されているものが、いわば内容が、なぜアルファベットの「E」なのか。なぜ数字の「0(ゼロ)」なのか。それについては、ここでは、ちょっと置いておきます。俺としては、「あ、E だ」とまず思うのですが、ここでは、置いておきたいと思います。

 

 さて、この、「2」には、「相棒」という意味があるんです。神さまと俺とのあいだで共有されている意味づけ。定義づけ。神さまと俺がいつもコミュニケーション(やりとり)をするときに使っている、その「意味づけ」なりを使うとすると、この写真に表示されているものは、「相棒」ということになる。なぜなら、「2」だからです。あえて言えば、俺たち(神さまと俺)の意味づけで言うと、「2」=「相棒」だからです。

 

 「神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ」というタイトルで、このブログに投稿されている写真について、少しはわかってもらえたでしょうか。

 

 俺は、今回の「「神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ」の意味を、「安達、相棒だ」という神さまのメッセージであると、理解するのであります。

 

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