神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ = 2021年12月22日・夜

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 「神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ」というタイトルで、このブログに投稿されている写真について、ここで、少し、説明してみようと思います。

 この写真にある、電卓の表示部分の数字など。これは、この、電卓の表示部分の数字などは、俺が、この電卓に打ち込んだのでは、ありません。もちろん、俺以外の誰かが、打ち込んだのでも、ありません。じゃあ、誰が、打ち込んだのか?誰かが打ち込まなければ、写真にあるようにして、数字などが、あらわれるわけがないですよね。

 この電卓は、充電のことを考えて、いつも、窓際に置いてあります。この電卓は、太陽電池なので、日のあたる窓際に、俺が、置いています。で、朝、いつものように、カーテンを開けて、電卓を見ると、たとえば、写真にあるようなものが、数字などが、誰に打ち込まれたわけでもなく、あらわれているということなんです。あるいは、夜に、電卓の置いてある部屋に、電気をつけ、電卓を見ると、数字などがあらわれているということなんです。

 この電卓の表示部分の数字などは、神さまによる、メッセージです。この電卓の表示部分の数字などは、あくまでも、俺だけにあてた、安達憲一郎という人間だけにあてた、メッセージです。

 この2つの事実は、非常に大事なので、ここでもう一度、確認しておきたいと思います。このメッセージの持つ性格とは、事実とは。このメッセージの持つ、2つの性格とは、事実とは。それは…

 ひとつ。このメッセージは、神さまによるメッセージであるということ。

 もうひとつ。このメッセージは、あくまで俺だけにあてたものであること。安達憲一郎という一個人にあてたものであるということ。

 さて、俺はこの、神さまによる電卓を使った俺へのメッセージの、その意味を、神さまは、この電卓の表示によって、何を言おうとしているのか、何を伝えようとしているのか。それは、あまりわかりません。

 たとえば「3」は「正義の味方だ」とか、「9」は「いかにも安達だ」とか、俺と神さまが、いつも、コミュニケーション(やりとり)をするうえで使っている、いわば、数(かず)についての定義があります。いつも使っている、いわば、数(かず)についての意味づけがあります。なので、その「定義」なり「意味づけ」を使って、俺は、いつもあらわれる、この「神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ」を、その電卓の表示部分の意味を、なんとなく、理解しようとはしています。でも、さっき書いたように、その数字などのその意味を、俺はあまりよくわかっていないのです。

 では、ここで、具体的に、今回の「2021年12月22日・夜」のものを、俺なりに解釈してみましょう。説明してみましょう。

 今回の「神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ」を見てみます。

 上の写真を参照してください。この写真を見ると、「数字のゼロの半分のもの」と「数字のゼロ」とがあります。つまり、写真に表示されているものとしては、2つある、ということがわかります。

 俺としては、この、数(かず)としては、「2つ」であるということ。数(かず)が「2」だ、ということ。ここに、注目するのであります。くどいようですが、「2」というこの数(かず)。これが重要なんです。

 この、「2」には、「相棒」という意味があるんです。神さまと俺とのあいだで共有されている意味づけ。定義づけ。神さまと俺がいつもコミュニケーション(やりとり)をするときに使っている、その「意味づけ」なりを使うとすると、この写真に表示されているものは、「相棒」ということになる。なぜなら、「2」だからです。「2」=「相棒」だからです。

 「神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ」というタイトルで、このブログに投稿されている写真について、少しは、わかってもらえたでしょうか。

 俺は、今回の、「「神さまによる電卓を使った俺へのメッセージ」の意味を、「安達、相棒だ」という神さまのメッセージであると、理解するのであります。